経営陣の信頼が失墜する二つの理由 信頼回復に必要なこととは

先日、あるクライアントの経営陣に、組織サーベイの結果をフィードバックしました。各設問の結果を順番に説明していくと「あなたは経営陣を信頼していますか?」という項目にあたりました。肯定的回答割合を見ると頗る低い数値。それまで様々な意見が飛び交っていた会議室が急に静まり返り、その場にいた役員のショックたるやとても大きかったようです。その後、それぞれ冷静さを取り戻し、「中期経営方針に妥当性がないのか?」「ここのところの業績低迷が原因か?」「そもそも経営陣からの発信が少ないのが理由なのでは」といった意見を出し合いましたが、今一つ納得いく原因が見当たりません。

2つの種類の信頼
実は、「信頼」が得られていない原因を話し合う前に、確認すべきことがあります。それは、そもそも「信頼」とは何か?ということ。「信頼」は、簡単に言えば「相手を信じて期待する」ということです。ただ、相手の何を信じて期待するのかという部分については曖昧です。社会心理学ではそのあたりを深く考察しています。社会心理学者の山岸俊男氏は、著書「信頼の構造」の中で信頼を二つに分けて整理しています。

①社会関係や社会制度の中で出会う相手が、役割を遂行能力をもっているという期待
②相互作用の相手が信託された責務と責任を果たすこと、またそのためには、場合によっては自分の利益よりも他社の利益を尊重しなくてはならないという責務を果たすことに対する期待

単純化して言えば、①が「相手の能力に対する期待」、②が「相手の意図に対する期待」となります。

例えば、飛行機に搭乗するときに、パイロットが操縦するのに十分な能力を持っていると考えるのが①「相手の能力に対する期待」。自分の娘が結婚したいと彼氏を家に連れてきて、話をしたら誠実な人柄ということが分かり、安心して娘を預けられるという気持ちになる、といった例が②「相手の意図に対する期待」となるでしょう。

この整理を踏まえて、経営陣への信頼を解釈すれば、「経営能力に対する信頼」と「経営の意図に対する信頼」とに分けられます。組織サーベイなどで社員の経営陣に対する信頼度が低いと認識された場合、どちらの信頼が課題となっているか、見極めていく必要があります。

「経営能力の対する信頼」が課題の場合
現在の経営戦略が上手くいっておらず業績の低迷し始めれば、社員からの経営能力に対する信頼がなくなっていくのは当然です。その場合、外部環境の変化に対して旧来のやり方に固執し、経営が柔軟に対応できていない可能性があります。1990年代にIBMの苦境を立て直したCEOのルイス・ガースナーは、就任してすぐにIBMのこれまでのビジョンを封印しました。ある意味で一旦経営能力を落とし、社内の優秀な人材を信じ、変革の必要性を説きながら社員発信のボトムアップの変革を成功させています。このIBMの例から考えると、「経営能力の対する信頼」に課題がある場合には、市場と直に接する社員の意見を受け入れながら、全社を巻き込んで新たな戦略を再構築していく。そんなやり方も一考の余地があるでしょう。

「経営の意図に対する信頼」が課題の場合
業績も堅調に伸びている場合でも、経営陣への信頼が課題となる場合もあります。それは経営陣が、会社の発展よりも自己保身や管掌部署の利益を優先させていると社員に映っている場合に起こります。つまり「経営の意図に対する信頼」が失墜しているということです。そして、経営陣はそのことに気づいていないことも多いように思います。信頼が低迷する理由を「経営能力に対する信頼」が足りていないと勘違いし、中期経営計画の理解を促進す機会を増やしたり、社員との対話を通じて経営理念の共感を得ようと考えます。こういったケースでは、経営方針の発信を増やして理解を促しても効果はありません。

インテグリティを常に問う
経営と社員の信頼関係が悪化している場合は、上記の例で言えば「経営の意図に対する信頼」が失墜している場合が多いように思います。その場合、経営者自身の意識や行動の変化が求められます。具体的には、自身のインテグリティ(誠実さ)を改めて考え直していく必要があります。

経営学者のドラッカーは「現代の経営」の中で、リーダーのインテグリティの大切さを説くと同時に、それが欠如している人物の特徴を列挙しています。それを疑問形にし、経営メンバーが自身に問いかける質問例として下記に記載してみました。

✓強みよりも弱みに目を向けていないか?
✓何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持っていないか?
✓真摯さよりも、頭のよさを重視していないか?
✓優秀な部下を必要以上に脅威と感じていないか?
✓自らの仕事に高い基準を設定することを怠っていないか?

「権力」「権限」が手中に収まると、人は誰でもそれを自分のために使いたくなります。それは自然なことです。経営ボードは、その人間的な特性を受け入れながら、常にインテグリティについての意識が高め、維持し続けようとすることが求められます。それが習慣化すれば方針と言動が自ずと一致し、社員との信頼の基礎が少しずつ出来上がっていく考えます。

【参考文献】
・山岸俊男.信頼の構造.東京大学出版会, 2018年
・ルイス・V・ガースナー・Jr. 巨象も踊る. 日本経済新聞社,2002年